幕間

 もう全てが終わってしまった。


 怒りを隠しきれぬような父を見た時、そう思った。

 兄や姉のように家の自慢になりたかった。そのためには手段など選べなかった。


 だって、僕は何の才も無い凡人だから。

 真っ当な手段で、選ばれるはずもないから。

 僕は――


 教師からの軽い聞き取りの後、父と共に馬車へと乗ってアカデミーを後にする。

 もう二度と、この門をくぐることはないかもしれないな、とぼんやり思った。

 だがそれも全て、どうでもよかった。

 家の顔に泥を塗ってしまったのだ。

 これ以上の罪はない。


「――ニクス」


 その時、ずっと黙って俯いていた父が口を開いた。


「……はい」


 膝の上に置いていた手が震えた。

 怖かった。

 出来損ないの息子に、父が何と言うのか。


「…………すまなかった」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。


「何故、父さんが……謝るのですか」

「お前を追い込んだのは、私達だろう」


 不意に顔を上げた父と目が合った。その瞳は、不自然なほどに凪いでいる。


「お前は、私達の期待に応えようとしていた。違うか……?」

「――だったら、何だって言うんですか」


 気が付くと、自分でも驚くほど冷たい声が出ていた。

 父は自分に寄り添おうとしてくれているのだと、それは分かっていた。しかし、胸の中で燻った気持ちは抑えきれずに、叫びとなって飛び出す。


「そうですよ!! 僕は父さんたちに恥じない結果を出したかった! でも、僕は無理なんだ! だから……!!」


 叫びと共に涙が滲む。

 それが零れてしまう前に、袖口でグイッと拭った。


「……でも、もう終わりだ」


 魔導具の損壊程度で退学にならないのは分かっている。でも、問題行動を起こす人物だというレッテルは貼られ、それは今後の人生にも響くだろう。

 つまり、兄や姉のような輝かしい人生を歩むことはもう――


 どうしようもない徒労感に、ぐったりと馬車の座席に身体をあずけた。


 期待通りの息子にはもうなれない。きっと遠からず見限られるだろう。

 そうなれば、どうやって生きていけば良いのか。

 でももう、希望も何も浮かばない――。


「ニクス」

「もういいです。もういい。だから……」

「近々仕事で海の方へと行くんだが、一緒に来ないか?」

「…………え?」


 のろのろと身体を起こす。

 目の前に座る父は、とても優しい顔をしていた。


「なんで……」

「まだお前が小さい頃の事だが……、お前は海を見るのが好きだっただろう? 気分転換になる」

「…………なんで」


 馬鹿みたいにもう一度同じ問いを零す。

 けれど父はいっそう目を細めて、手をこちらに伸ばしてくる。

 思わず、ぎゅっと目を瞑ると、頭の上にぽんとその手が置かれる感触がした。


「お前の言う通り、『もういい』んだ。だから、暫く何も考えずにゆっくりしなさい」


 そのまま父が頭を撫でてくる。


「…………、」


 つい先程我慢したはずの涙が零れ落ちたのは、そのすぐ後の事だった。

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