一話幼蝶と出会うまで1

「あれ、レンくん。たった数ヶ月なのに、随分大きくなったね」

 突然話しかけてきた見知らぬ若い男に当時五歳になったばかりだったレンは、目を瞬かせた。隣を歩いていた母のスカートをきゅっと掴む。

「あらこの子ったら……。ほら、わからない? おにいちゃんよ」

 おにいちゃん――、レンに兄弟はいない。だから、そんな風に読んでいる相手は、ただ一人。家の隣に住んでいる十ほど年嵩の青年だけだ。

「え……、おにいちゃんなの?」

 レンが彼と最後に会ったのは、三ヶ月ほど前のこと。当然、よく遊んでくれる大好きなおにいちゃんの顔を忘れたりなどしない。

 だが、目の前にいる彼が、自身の知る「おにいちゃん」と、同じ人物だというのは、にわかには信じがたかった。

 髪色が違う。身体も線が細くなっていて、面影はあるものの顔の造形すら違うのだ。

「これが『羽化』よ、レン」

 母がレンの頭を撫でながら、優しく言った。

「『うか』……」

 少し前、母に説明された言葉が蘇る。

『幼虫さんは、蛹になって……、ちょうちょになって、羽がはえるでしょう? この国の人はね、それと同じようにある時、蛹になって生まれ変わるの』

 人は虫さんとは違うのに。

 その時のレンには難しかったその現象が、今目の前にあるのだと気付く。

 それを理解した瞬間、レンはぱぁっと顔を輝かせた。

「……『羽化』って、すごいんだね!!」

 レンの大好きなおにいちゃんは、どこにでもいるような平凡な顔立ちだった。

 それが今はどうだろう。

 人を惹き付ける、透明感のある美貌がそこにある。

 当時のレンには、小難しことは分からずとも、彼の変貌がとてもすごいものなのだということがわかった。

 それだけで、世界が変わった気がした。

 だから――。


 レンは真新しい制服に身を包み、大きな学舎を見上げた。

 あの日から十一年。

 十六歳となったレンは、国民が入学を義務付けられている教育機関――アカデミーの門を潜る。

 あの日の彼のように羽化をする人々――「蝶の民」と呼ばれる彼らについての研究者になる。

 その夢への第一歩だと、レンは胸を高鳴らせていた。

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