オドラー商会は芸術家の作品も取り扱っている。

 ルークは父について様々な勉強をしていた頃に見た、まだ無名の――けれど心に残る作品と出会っていたのを思い出したのだ。

 その芸術家は世に殆ど出ていない。

 その作品集をいち早く手に、可能ならば独占販売権を手に入れられれば――。

 そんなことを思いついてから、早一月。

 ルークはいくつかの町の名前が書かれたメモを手に、溜息をついた。

「……で、ここで見つからなけりゃ、また振り出しなんだよなぁ」

 メモの名前には斜線が引かれ、最後の一つが残るばかり。

 それがここ、海の町ミアメールだった。


 ルークは遠くに見える海岸線に目を眇めて、記憶の中の「ある絵」を思い起こす。

「ちょっと……、似てるか?」

 とある取引先の客間に飾られていた絵が、どこかの海辺を描いたものだった。その絵はその界では少々名が知られはじめた画家のものだったのだが、その正体はよく知られていない。故に、その画家が住んでいる場所から探す羽目になったのだ。

 その画家は同じ海ばかり描いているため、その近くに住んでいるのだろうと当たりをつけ、候補をしらみ潰しに探していた。

「……とはいえ、だな……」

 ルークは町の繁華街へと足を向ける。

 季節は秋。海への観光客に支えられているこの町は、季節柄人通りが落ち着いている。だが、想像以上には賑わいがあり、ルークは内心渋い顔をした。

 商人として市場に賑わいがあるのは嬉しいことだ。しかし人探しという点では、住人全員が知り合いといった雰囲気の方が、当然ながら都合がよい。

 なにせ、ルークが探しているのは、その「画家」ではなかったので。

 ルークは海の書かれた絵の右下に、小さく書かれていたものを思い出した。


 夕闇に沈む

 触れた手の熱さは 海に消ゆるか

 闇の中にも瞬く星よ


 細い線で流れるように書かれた短い詩は、何故だかルークの目を惹き付けて離さなかった。

 それからルークは、()の画家の絵を見るたびに詩を探した。その詩は、二年ほど前から時折添えられているものだというところまでは、すぐに調べることができていた。

 そして、その詩が書かれたキャンバスの額で見えなくなるところに、「ニコラス」とサインがあったのだ。


 ルークは、その「詩家ニコラス」を探していた。

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