4章新たな訪問者
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その赤い薔薇は、運の悪いことに玄関先に飾られていた。
屋敷の中で最も目立つ場所の一つに鎮座したそれを見て、ネリーは深い溜息をつく。
「いやだわ、御姉様。そんなに大きな溜息をついたりして……」
そこへ通りがかったエリーゼは、肩を竦めて続けた。
「そんなに感激なさってるなら、自分のお部屋に飾ったらよろしいのに」
「…………はい?」
「あらやだ、御姉様。ご存知ないの? わたくしの婚約者からだというこの花……。御姉様が皆に見せびらかすために飾ってる、って噂になってますのよ」
「み、みせびらかす……?」
ネリーは驚きを通り越して、ぽかんとエリーゼを見る。
「ふふ、羨ましくてらっしゃること。セルジュにこんな、情熱的な面があっただなんて」
「わたしは、そんなつもりでは……!」
慌てて声を上げるが、彼女は笑みを深めるばかりだ。
「あら、心配なさらなくていいわ。皆、どちらかというと御姉様に同情的よ。公爵様がずっと不在なんですもの。仕方がないと思われているのではなくて?」
ネリーが夫を裏切り、別の男と密通しているかのような。エリーゼの言葉は、そんな意味を仄めかしている。
あまりの言いように、ネリーは頭が真っ白になった。
ロアンを裏切るだなんて、あり得ない。
そしてまた、セルジュがエリーゼ以外に特別な感情を抱いているなどということも、認めたくなかった。認めたくないから、差出人を確かめずにいたのだ。
沈黙するネリーにエリーゼはにっこりと笑った。
「反論なさいませんのね。ならばもう、これもいりませんわね」
彼女が手に持っていたのは、一通の手紙だった。封筒の端には「ロアン」の署名がある。
「さっき、侍女が御姉様を探していたから、代わりに受け取っておいてあげましたの。でも、御姉様にはもうセルジュがいるんですもの。そうでしょう?」
手紙に手をかけたエリーゼが、楽しそうに笑った。
「それにね、わたくしとても悲しいの。御姉様はあの方の『妻』というだけで、お手紙をいただける……。わたくし、嫉妬で狂ってしまいそうですの」
嫉妬というわりに、その顔は朗らかだ。だが、彼女は手を止めようとはしなかった。
ビッという嫌な音がする。
「エリーゼ……!」
静止の声は届かず、手紙は彼女の手によって真っ二つに破り捨てられた。
はらりと、床に紙片が落ちてゆく。
ネリーは床に手をついて、それを拾った。
「わたし、ロアンを裏切ったりなど、しません……」
「あら、それはどうかしら。未来のことなんて、誰にもわかりませんわ」
エリーゼは、笑い声を上げながらその場を去っていった。