雨上がりには庭でお茶会を

 雨の匂いがする。

 シェリジェはやわらかなベッドから身を起こし、傍らに眠るイリアの頭を撫でた。

 子供のように眠る彼は、昨夜廃教会で見せたものとはまるで違って、とても穏やかな顔をしている。

 私は、少しでも彼の重荷を降ろすことが出来ているのだろうか。

 人知れず様々なものを背負っているこの人を、少しは支えられているだろうか。

「ねぇ、イリア……」

 いまだ眠りの中にいる彼からの返答は期待していない。ただ、彼の名を呼びたかった。

 でも、自分はどこまで覚悟が出来ているのだろう。

 関係のはじまりが、なしくずしのものだった自覚はある。危うさを抱える彼を放っておけなくて、触れれば――手放せなくなった。

 けれど、彼の傍にいるということは、ただこうして寄り添っていればいいということじゃない。

「……なんて」

 シェリジェは肩を竦めた。まだ何を言われたわけでもない。彼が、この関係をどうするつもりなのか、何も分からないのだ。

 余程安心しているのか、一向に目を覚ます様子のないイリアのこめかみにキスをして、シェリジェはベッドから足を投げ出す。床に降りようとして――、不意にその手首を掴まれた。

「どこ行くの?」

「驚いた。いつ起きたの?」

「今。ねえ、どこ行こうとしてたの」

 イリアは少々寝惚けたままの様子で、腕をシェリジェの腰に巻きつける。

「どこって……、目が覚めたから立とうとしただけで……」

 腰に巻き付くイリアは、頭を背中に擦り付けて更に腕の力を強める。どうにも離してはくれなさそうな様子に、仕方がないなぁと好きにさせておく。

「……どこにもいかないで」

 聞き取れるか分からないような小さな声で、イリアが呟く。

 シェリジェは肩を竦めて言った。

「ねえ、やっぱり離して」

「……やだ」

「わがまま言わないの。だってそうじゃないと、貴方を抱きしめられないじゃない」

 ハッとしたようにイリアが顔を上げる。

 シェリジェはにんまり笑うと、手を離して起き上がったイリアの方に向き直って、思いっきり彼の背に腕を回した。

 無言で抱き締めあい、彼の身体から微かにあった強張りが解けた頃、シェリジェはイリアの耳元で囁いた。

「行かないわ、どこにも。貴方が私を必要としてくれる限り」

 息を飲んだイリアが、シェリジェの背に回していた腕の力を更に強める。

 息苦しい程の強い力が、どこか嬉しい。

 そんな風に思う自分が少しおかしくて、くすりと笑った。

 ねぇ、シェラーナ。私、きっと幸せになる。だからどうか……、見守っていて。

 その祈りが届いたことを見せるように、長らく続いた雨が止む。

 そして、朝の光が二人の元に差し込んだ。

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